2 ナイトメアナイトメア夜露をタップリと全身に蓄えた雑草が、畦道を広げたような細い道を両脇の田んぼから切り離している。 近所に最近、囲いが新しく建て直された『道祖神』がある。 曾祖父の代にこの地に移り住んだ我が家である。 両親から『道祖神』の『云われ』を聞いたことはない。 『道祖神』を囲む新しい建物が建てられて、初めて其処に『何か』があったのだということに気が付いた。 聞いたことはない筈なのに、見た覚えもない筈なのに、何故か私は、それを『道祖神』だと確信していた。 「明日は日曜日だ。」 小学生の私は、何があるという訳でもないのに毎週毎週『日曜日』を楽しみにしていた。 学校に行かなくてもいいから。 朝はユックリと、まどろみながら大好きな「空想」の世界に浸れるから。 買ってもらったばかりのプラモデルを作れるから。 色々と『楽しい』ことが待っている。 それが通学を『日常』とする生活から切り離された『日曜日』を待っている、他愛も無い理由だった。 『楽しい』ことの前には、厭な事も仕方がない。 そうは思っても毎週土曜日の夜は正直言ってウンザリしていた。 居間に敷かれた2組の布団。 祖母の隣で眠ることが習慣になっていた私は、祖母の寝顔をチラッと見ながら、隣の布団に潜り込む。 学校が終わると何時もの友達と広場で陽が暮れるまで遊んでいた私は直ぐに眠りに付く。 そして。 夜露をタップリと全身に蓄えた雑草が、畦道を広げたような細い道を両脇の田んぼから切り離している。 『道祖神』から続くその細い道を、私は独り恐々と歩いている。 薄暗がりで数歩先までしか見通せない。 その道は果てしない闇に続いている、そう思えた。 しかしながら、先に何があるのかは判っている。 古く朽ちかけた豪奢な建物。 何時もそこに行き着くことを私は知っていた。 闇に煙ぶる靄に中から、蔦の絡まる鬱蒼とした『家』が現れる。 『何時ものように』少し逡巡しながら、『何時ものように』その重い押し戸を開ける。 真っ暗な中に一歩踏み込む。 闇に『気配』が満ちる。 至る所から見詰められている。 舐められる様な生暖かい感触が全身を包み始める。 もう一歩。 何かに突き上げられるような鈍い痛みが全身を襲う。 身体が痙攣するような感覚と共に眼が覚める。 寝汗で敷き布団がべた付いている。 「今日は終わった。」 眼を閉じる。 障子を通して入り込む優しい日差しに眼が覚める。 さて、今日は何をして遊ぼうか。 12歳の誕生日を二週間後に控えた、この2ヶ月の間、毎週同じ夢を見た。 必ず土曜日の晩。 何時も同じ処で、そして全身が痙攣したような感覚と共に眼を覚ます。 最初は、『怖さ』に暫らく眠れず、理由を付けて祖母を起してしまった。 しかしながら、その『夢』を話すことはない。 仲の良い友達にも、歳の近い兄弟にも、そして両親にも。 『禁忌』 何故かその思いが私の口を重くした。 そして、土曜日。 ウンザリしながら布団に潜り込む。 「今日もきっと」 確信を持ちながら眼を閉じる。 そして、在る事に気が付いた。 『夢』が進んでいる。 最初は細い道が行き止まり、『朽ちかけた建物』を見上げていた。 その夢を何回か繰り返し、初めて『家』に入ったのが、3週間前の土曜日。 先々週は『押し戸』を開け一歩踏み出した。 先週は『押し戸』を開け更にもう一歩踏み出した。 『進んでは駄目』 何処からか呟くように細い声が聞こえた。 数日前にコッソリ拝んだ『道祖神』の声だったのかも知れない。 私は眠りに落ちた。 夜露をタップリと全身に蓄えた雑草が、畦道を広げたような細い道を両脇の田んぼから切り離している。 『道祖神』から続くその細い道を、私は独り恐々と歩いている。 薄暗がりで数歩先までしか見通せない。 その道は果てしない闇に続いている、そう思えた。 『何時ものように』闇に煙ぶる靄に中から、蔦の絡まる鬱蒼とした『家』が現れる。 『何時ものように』少し逡巡しながら、『何時ものように』その重い押し戸を開ける。 真っ暗な中に一歩踏み込む。 闇に『気配』が満ちる。 至る所から見詰められている。 舐められる様な生暖かい感触が全身を包み始める。 もう一歩。 完全に『闇』に閉ざされ入り口が何処に在るのかさえ、頭に残っていない。 そして、もう一歩。 突然、あらゆる処から『槍』が伸び、私を串刺しにする。 悲鳴を上げる余裕すらない。 身体が痙攣するような感覚に眼が覚める。 眩暈がする。 暫らく虚ろに呆然としていた。 ハッとして身体中を撫で回す。 『槍』に刺し抜かれた感触が未だ残っている。 「終わった。」 今日は、日曜日。 そして私の12歳の誕生日だった。 それ以来、その『夢』を見ることはなくなった。 雑草が、田んぼから切り離している、畦道を広げたような細い道の先には、新しく住宅団地が造られていった。 大学生となった私はこの土地を離れることになる。 再び戻ったこの土地に嘗ての『怖さ』を感じることはなかった。 24年が過ぎ、妻が始めて我が家に泊まった翌日のこと。 ボーっとしながら『怖かった夢』を話し始めた。 「お父さんが死んでしまったの。」 「葬儀の間中、私はズッと『豊』さんを探していたわ。」 「こんな大事な時に何処に行ったんだろって。」 「そして申し訳なくなって家族みんなに言ったの。」 「ゴメンなさい。こんな大事な時に。」 「『豊』さんを探しているんだけど、何処にもいないの。って。」 「急にみんなが青ざめるの。お母さんが近づいてきて、そっと言うの」 「『豊』さんはズッといるよ。」 「この『柩』の中に」 寝呆けた妻の顔を見ながら私は確信した。 矢張り私は、一度死んでしまったのだと 如何云う訳か、再び生を受けた私は最近ある『夢』を見た。 私が『儀式』に参加している。 魘されて眼が覚め、再び眼を閉じる。 『夢』が続いている。 何時の間にか私が『儀式』の主人になっていた。 『魑魅と交感』する『儀式』 戸惑う私の意識が薄れ『魑魅の声』が聞こえる。 魘されて眼が覚める。 眠さに堪らず再び眼を閉じる。 『夢』が続いている。 再び『儀式』で『魑魅と交感』する。 私の意識が薄れ『魑魅魍魎、百鬼夜行』が現れ出でようとした瞬間、こちらの世界と繋がった。 目覚めたという意識はない。 『夢の世界』が『現実の世界』に繋がった。 これから何が起こるのか私には判らない。 ただ、確信している。 一度死んだ私は、このために再び生を受けたのだと。 完 ※『「空想物語」・・・「うつ」の見せる白昼夢(ナイトメア)』です。 みなさんの不快感は承知しておりますが、性懲りもなく、また書いてしまいました。 勿論、全てフィクションです。 『「うつ」の見せる白昼夢』 何時か楽しいものが書ければ良いのですが・・・・。 みなさんの白昼夢は如何ですか。 この日記も、 「杉の花粉」も、 何処にも存在しないのかも知れません。 ネットの中を彷徨う幻想。 貴方の白昼夢かもしれません。 |